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子育てお仲間さん

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賢者は歴史から学び

2015年7月23日 (木)

メモ:本番ではなぜ失敗する

引用: http://allabout.co.jp/gm/gc/456734/?FM=rssaa_latest-rhealth

練習ではできていたのに、本番ではなぜ失敗するの?

ピアノの練習

普段の練習では成功できたのに、発表会ではいつもつかえてしまう

ピアノの発表会、就職の面接、大切なプレゼン――。練習ではできていたのに、本番になるとなぜかミスを連発する人がいる一方で、人前でこそスラスラと上手にでき、堂々としていられる人もいます。この違いは、いったいどこから来るのでしょう?

この現象を知るヒントに、ザイアンスの「動因理論」があります。

人は周りに他者がいる状況では、一人でいる状態よりも意識が目覚めた状態になります。こうした状態では活動に対する動因が高まり、「優勢反応」(ある活動をするときにいつも生じている反応)が起こりやすくなります。その結果、単純課題を行っているときには社会的促進が働きやすくなり、複雑課題を行っているときには社会的抑制が働きやすくなります。これをザイアンスの「動因理論」と言います。

より分かりやすく説明すると、周りに他人がいる状態でなにかをする場合、簡単で得意な単純課題なら、周りに人がいた方がスムーズできる一方で、複雑で苦手な複雑課題は、一人でいるときより間違えやすい、ということです。

発表会、面接、プレゼン――本番でミスをするメカニズムはみな同じ

たとえば、ピアノの発表会でミスをしてしまった子どもは、「練習ではできてたのに」と落ち込んでしまいます。たしかに、自宅で練習しているときには、他人の目を意識しないでリラックスして練習できるため、難しい箇所も何度か上手く弾けていたのでしょう。

しかし、ピアノの発表会という大勢の人に見られる場所では、いつもの反応(優勢反応)が生じてしまいます。つまり、簡単だったり完璧に弾ける曲なら、他人の存在が適度な緊張感につながって上手に弾けるのですが、難しかったり、完全に弾きこなせていない曲の場合、他人の存在がプレッシャーになり、よくつっかえる場所でミスをするという悲劇が起こってしまうのです。

したがって、たとえ練習では成功していたとしても、その課題を普段からスラスラできていない限り、他人がいる場所では間違えても仕方がないということになります。

就職の面接や、顧客や上司の前でのプレゼンなどでも同じことです。こうした場では、簡単な話題や完璧に説明できる内容ならスムーズに話すことができますが、突っ込んだ質問をされたり、リハーサルなしに本番に臨んだりすると、つかえたり、舌を噛んだりしてしまいます。これも、「複雑課題は、他人の前ではより失敗しやすい」というザイアンスの動因理論で説明することができます。


キム・ヨナに学ぶ「本番に強い私」のつくり方

ジムで練習

本番に強い人たちがいちばん大切にしていることは?

ザイアンスの動因理論に従えば、取り組む行為が「単純課題」――簡単だったり得意なこと――であれば、他人の存在がよい緊張感につながり、その行動がますますスムーズにできるようになります。

つまり、難しいピアノ曲はたくさん練習してスムーズに弾けるようにし、舌を噛んでしまうような発言部分は、何度も練習をして滑らかに話せるようにしておけば、それがその人の優勢反応になり、人前で上手にできるということです。

この理論を説明するときいつも思い出すのが、オリンピックで常に上位を占め、世界の女子フィギュアスケート界で圧倒的な実力を誇った韓国のキム・ヨナです。キム・ヨナは、引退を伝える会見の際に「もうずいぶん前から、スケート靴を見るのも嫌になっていた」という心中をつぶやいていました。

キム・ヨナといえば、大技を生みだすことはないが、高度な技をミスをせずに演じて高得点をとる選手です。世界の大舞台でも、完璧な演技を堂々と見せるその実力は、「スケート靴など見たくもない」ほどの練習を重ねてきた結果なのでしょう。

競技場に立つ彼女にとって、「完璧に演じられる状態」こそ“いつもの私の状態”(優勢反応)であり、世界中の人が注目する大舞台では、人に見られる緊張感によってその優勢反応が促進的に働くため、実力を遺憾なく発揮できたのだろうと思います。練習で何度か成功できた程度では、本番で練習と同じように成功できるはずはないのです。

つまり、複雑で難しい行為を人前でミスなくスムーズに行えるようになるには、体にしみこむまでの練習の繰り返しが大切だということです。千里の道も一歩から。さあ、さっそく「練習」を始めてみませんか?

2015年2月24日 (火)

忘備 体の事を知りたいなら

野口整体の

野口晴哉(はるちか)
禁点(みぞおち・鳩尾)の剣状突起という軟骨の下、指二本分の所に「禁点」があり、ここに米粒ほどの硬い固まりが出来ると人は4日以内に死ぬ。
自発動功(じはつどうこう)である活元(かつげん)運動
合気道の源流は、会津藩の「お留め技」。多人数取りのポイントは止まらない。
家庭で作れる精力剤。
マクロビオテックの創始者・桜沢如一(さくらざわにょいち)が提案。卵醤(らんしょう)
純正醤油と有精卵の黄身を同量よく混ぜて食前に飲む。一日一回。一か月に一度くらい。体がカッとなります。
一物全体(いちぶつぜんたい):なるべく丸ごと全部食べろ
身土不二(しんどふじ):その土地の旬のモノを食べなさい。
まったく他人だが同じ苗字
野口体操の
野口三千三(みちぞう)
カタカムナ文献

2014年11月20日 (木)

人生に訪れる危機(誰でも悩む時期)

たくさんの人間がいて、みんな子供から大人になった。

そんな中で、必ずといってもいいほど、ピンチ(危機)や悩む時が来る時期、というのが分かっています。
逆に言えば、この時期に悩むのは、普通に成長しているという事で、先人たちも悩んできたという事で、様々な解決策(というか共感を得るもの)が、映画、小説、漫画などで描かれているという事になります。
順番は前後するかもしれませんが、それは、
「進学」、「恋愛」、「就職」、「結婚」、「子供の誕生」、「定年」、「引越し」です。
こういう出来事にあたる時は、悩みます。
大人たちみんな悩んでそれぞれの答え(選択)を持って、生きているいう事です。
なので、自分で答えを見つけられない時は、信頼できる周りの人や大人に相談してみるとよい。
と知っておくだけでも、少し気が楽ではないかな・・・
悩むという事は、選択によって人生が左右されるという事なので、悔いのないように思いっきり悩んで答えを出す。(選択すること)
まぁ、人生を左右する選択だとしても、失敗すると痛いかもしれないが大丈夫。
心の持ち様、とその後の踏ん張りで復活可能です。punch

2009年11月10日 (火)

七五三

先日11/3 七五三に行ってきました。fuji

日ごろスカートをはいたりしないし、きれいな服はほとんど着ないのですが、この日ばかりは少々おめかしをさせました。
それが、とってもかわいかったです。heart04heart02
(写真を載せたいのですが、嫁ちゃんしか持ってない・・・・)

ママに着替えさせてもらって、「カワイイねぇ~happy01heart04」って褒められると嬉しいようで、
「見てぇ~パパぁ!」とパパの所にも見せに来てくれます。カワイイやつです。
こうやって、「嫁ぐときに涙する父親」や「彼氏が出来た時に不機嫌になる父親」が出来てゆくのでしょうねぇ・・・・think

子供は「人間というより神様に近い存在」
「子供は神様からのあずかりもの」という考え方があるようです。sagittarius

江戸時代・幕末に開国した日本にやってきた西洋人たちが、一様に
「日本は子供の楽園だ」というようなことを書き残しているようです。
「自由気ままに陽気にあちらこちらで遊んでいて、それを大人がいちいち、とがめる事がない」という事だと思います。
こんな所からも「子供は神様」という考えがうかがえるかもしれません。
(逆に、西洋の子供ってどんなんやってん、と思ってしまいますが)

七五三とは、
女の子は三歳と七歳、男の子は三歳と五歳になった時に、神様にすくすく成長している事(預かり物を大事にしています)という事を報告に行く儀式のようです。
(先人たちの考え方は無茶苦茶、奥が深いと感じ入ります)
(昔は数え歳なので実際の年齢は、だいたい一歳引いた年齢。今の満年齢でいうと、七五三でなく、およそ六四二となります。数え歳(かぞえどし)の仕組みも面白いのでまたどこかで話しましょう)

七五三参りには、大神神社(おおみわじんじゃ)に行ってきました。
実際に神主さんに拝んでもらうのですが、有名な神社だけに多くの参拝客が来ていて、
拝殿に通されるまでに、神社の建物にあがって、大きな座敷で30分ほど待たされました。
その間、ゆづきはウロウロと走りまくりの、落ち着きなし状態。
一緒に来てくれた母が後をついて行きながら、汗をかいていました。

その後、およそ20~30人の方々と一緒に拝殿に通されました。
みんなとりあえずは正座です。
(パパの正座の上にゆづきが座ったので、途中、しびれは頂点に達し足をくずしました。downダウン;;)

拝殿に通された時に、まず頭に浮かんだのが、
「ゲぇッ!?   うちのゆづき、儀式が終わるまでおとなしく出来るのか???」と、
非常に大きな疑問と不安sign02think
というか今までの経験から「無理」と思っていました。

が、なんと・・・・・・・・

途中で大きな声をあげる事もなく(太鼓の音などに「コワイ」と小さい声でいう事はありました)、
途中で「帰る」とウロウロしだす事もなく、無事20分から30分くらいの儀式を終えました。

「おお!!こいつやればできるんや~」と思わず感動。
(幼児園でもみんなで集まってジッと静かにしなければいけない経験してるんだと思います)

儀式が終わって、「賢かったねぇ~」と頭ナデナデしました。
もちろん、帰りの参道では元の「落ち着きなし子ちゃん」になっていました run

うちに来た神様からの預かり物も、すくすくと成長しています。

2009年8月31日 (月)

どうなる?!日本!?政権交代

昨日、8/30日、衆議院の選挙が行われました。
選挙速報を見たかったのですが、ゆづちゃんの「パパねんね~」攻防があり、21時過ぎには床に入りました。

その時点でも、政権交代は必至。
結果は、これまで日本を動かしてきた自民党が大敗。
民主党の大勝利となり、政権交代が確定。

なんだかんだと日本を動かしてきたのは、ずっと~自民党でした。
ただ、その仕組みはすでに今の世の中と矛盾がたくさん出てきていたので、そろそろ見直す時期に来ていたのでしょう。
自民党よ、ごくろうさん。paper
頼むぞ民主党!(・・・・ん・・・・心配・・・・)
といったところでしょうか。

「あのセンセイに任せといたら大丈夫」という「お任せ政治」は終わりました。
これからはウォッチして参加して意見する事が大事になる可能性が高いです

どないになろうが、まずはしっかりと個人で地に足を付けておくことですね。

わが子が暮らすであろう日本の舵取りを見守りたいと思います。

2009年8月 9日 (日)

泣きながらの登校・・・

先日、ゆづを幼児園に送って行った帰りに見かけた光景。

まだ夏休みに入る前の事。

ランドセルを背負った低学年の小学生の女の子が泣きながら一人で学校に向かっているのを見た。weep

その時、記憶がフラッシュバックしてきた。

「あ・・・
・・・・パパも泣きながら学校に行った事がある・・・・」

当時、小学生は行きは集団登校で、帰りはバラバラでした。
(今は、行きも帰りも集団で登校、下校が原則)

小学校の時のことです(たぶん低学年)
どういう理由か忘れましたが、集団登校のために集まる時間に遅れました。
集合場所の公園に行ってみるとすでに一緒に登校する仲間たちが学校へ出発したあとでした。

いつもなら出発前でみんながいる公園が今日は誰もいない光景を見て、一人置いてけぼりにされたさみしさを感じたのでしょう。
涙が出てきました。
そして、すでに出てしまった仲間を追いかけて、泣きながら走って登校した記憶がよみがえってきました。

・・・・

一人泣きながら登校する一・二年の女の子。
確かに登校時間にはちょっと遅い時間帯です。

「そうか、みんな先に行ってしまったんだな~それは泣けてくるよな~
ちょっとツライけど、みんなに遅れたくらいどうってことないで~
みんなで学校へ行くよりも一人でも学校まで行けるって事の方がずっと大事やぞ~」
と心の中で励ましました。

あの日泣いていた自分にも言ってあげたかった言葉でしょう。

遅刻はアカンって教える事も必要かもしれんが、遅刻する事で得るものもきっとある・・・と、物事の良し悪しは難しいなぁと考えた日でもありました。

日ごろ遅刻しない子が遅刻した時には
「遅刻はアカンぞ。でも一人で学校まで来たんか偉かったなぁ~」と言ってやって下さい。

2009年4月24日 (金)

「大丈夫か?」は大丈夫?

まもなく3歳の我が娘。
周りに比べて少し言葉の出が遅いようです。

(遅いということはダメにあらず。高くジャンプするにはジックリ力を蓄える必要があると高く飛び出すことを信じていますdownwardrightupwardrightupwardrightairplane

ちょっとした事、たとえば歩いていてつまづいたとか、お茶を勢いよく飲んでむせたとか、何かの弾みでぶつけたりとかぶつかったりとか・・・
そんな場面で我が子・ゆづに 「大丈夫か?」とたずねます。
(大人でも「大丈夫?」と尋ねる事は多々あると思います)

そうすると最近では、「大丈夫?」と尋ねると決まって、力強く「うん」と返事をします。

会話の流れとしては、
「大丈夫か?」
「うん」
「お~えらいな~。泣かなかったね~」
(お~えらいな~。強いなぁ~)
と、ほめて終わることになります。

力強くなった(ように思われる)事、会話が出来るようになっている事にうれしく思う今日この頃ですが、こんな話を思い出しました。

「大丈夫か?」と言ってはいけない状況がある、という話。

たとえば、目の前を自転車で転倒して転んでいる人に、とか、明らかに骨を折っていると思われる人に、とか、血が大量に出ていてすぐにでも処置をした方がよいと思われる人にとか・・・

「大丈夫ですか?」と問われたら人は「大丈夫です」と反射的に答えてしまう性質があるので、明らかに大丈夫に見えない人には、大丈夫?と問うことはいけない。
というのです。
「大丈夫?」と問いに「大丈夫です」と応えを得て、早期処置が遅れるケースがある、というのです。

そういえばこういう経験があります。
昔、バイクで転んだ事があります。
雨上がりの下り坂カーブで転倒し滑って顎を擦りむきました。
その時、兄が追走しており自分のバイクを止め、転倒した僕を助けて
兄「おい~大丈夫か?」
僕「大丈夫、大丈夫」
兄「アカン。近くの病院に行くから後ろに乗れ」
僕「大丈夫や。病院なんか行かなくても大丈夫や」

切り傷は顎だったので自分では直接見えずわからなかったのですが、大量の血が出ていたようです。
それを見た兄があわてて診療所へ連れて行ってくれたのでした。

「大丈夫か?」と問われた時は転倒の直後で痛みなどは感じなかったのですが、少ししてから、切った顎や打った手足がズキズキ痛み出してきました。

七針縫う怪我でした。

確かに、「大丈夫か?」と問われれば「大丈夫」と応えてしまうようです。
すでに三歳にならない子も、そう応えるのですから。

そしてももうひとつ思い出した経験談。

ゆづがまもなく生まれるというのでママが実家に帰ってしまっていた時期の話。

ママの実家に向かって一人車を運転していました。二車線でしたがそんなに大きくない道で、見晴らしのいい直線でのこと。
前方を見るとお年寄りが歩道をフラフラと自転車で走っていました。その自転車が歩道の凸凹にハンドルをとられて転倒しお年寄りが倒れました。

車を端へ停めて、その人のもとへ駆け寄り、僕が発した第一声が「大丈夫ですか?」でした。

「大丈夫、大丈夫」と言って立ち上がり、また自転車に乗って行かれましたが、ほんとに大丈夫なのかな~と思いながらも再び自動車は走らせると、バックミラーのはるかかなたにその人は見えなくなって行きました。

「大丈夫?」
「大丈夫です」

どちらもとっさに出てしまう言葉のようです。

「大丈夫?」という問いかけ。
「大丈夫」という返事。
これらを言ってしまう場面では、その言葉自体がもつ意味以上のものを読み取る必要がありそうです。

2009年2月18日 (水)

注意する事について

今日「これは面白い!」 「考えてみると奥が深い!」と思った事がありました。
と言っても大したことではありませんが・・・・・

今朝の出来事です。

いつも幼児園に行く前に見ているNHK教育番組が終わりイザ出発。

その時、ゆづの目に大好きな人形がとまりました。
「アンパンマン」と「あかちゃんマン」です。

「アンパンマン、アンパンマン。あかちゃん」と声を発して両手にそれぞれその人形を持って幼児園に行こうとします。

実はこういうことは今までもよくあります。
幼稚園に私物を持っていくことは良いのか悪いのかわかりませんが、無理やり離すと大泣きするので、仕方なしにそのまま持たして幼児園に向かいます。

幼児園に着くと「かばんの中に置いておいて」とか「持って行かないで」と一応言うのですが「アカン!」の一点張り。

これもよくあるパターンです。
結局、人形を手に持たせたまま幼児園に預ける事が通常なのですが、今日は違いました。

人形を手に持ったまま教室に入ってきたゆづを見つけて、友達が寄ってきました。
「ゆづちゃん なにもってんの~?」
(この子 KANAちゃんは上手にお話できます。ゆづはまだ)

パパ「ゆづちゃん アンパンマンの人形持ってきやってん」
KANAちゃん「アンパンマン!?」

パパ(ゆづに向かって)
「アンパンマン カバンに入れとき」 (ゆづは知らん顔)

KANAちゃん
「アンパンマン かばんに入れとき、やって~」
と友達のKANAちゃんが言うと、

なんと、ゆづが素直にカバンの中にアンパンマンと赤ちゃんマンの人形を入れたのです!!

ちょっとした、普通の出来事なのかもしれませんが驚きました。

パパが言ってもかたくなにアカンと拒否、しかし、友達が言うと素直に聞き入れる、この違いってなんだ???

友達に大好きな人形をとられると思ったのか?
友達を信頼しているのか?
親の言うことは自己主張にかかわることなので、拒否の姿勢が前面に出るのか?
同じ内容でも誰に言われるかによって受け入れ方が変化する。
大人でもあります。
あの人の言うことなら納得、とか
同じことでもアイツに言われるとムカツクとか・・・

まだ2歳半の子供の行動とはいえ、考えれば奥が深い反応だと思いました。

「人間は、頭で考えて合理的な判断・行動をするのではなく、まずは感情で受け止めてから判断・行動する」という言葉が浮かんできました。

人間ってのはおもしろい存在です。
その原型(プロトタイプ)の子供ってものに目が離せません
しかもわが子なので自分の原型と思うと、ゆづになお一層注目です。

2008年10月24日 (金)

親について (「それは言わんといてぇ~や」)

まだ2歳のゆづに話すには早いかもしれませんが記しておきます。

「親について感じたこと」

パパの親、ゆづのジィジ、バァバ(パパ側の)ですね。

これは、はっきり言って、その時々によっていろいろ感じています。

いずれ子供は親から独立してゆくものですから、成長にしたがっていろいろと感じ方・考え方が変わってくるものです。
(ゆづが中学生くらいになったらいろいろと話をしてみても面白いかもしれません)

今、ゆづは、「パパっ~heart04」って大声で呼んでくれていますが、そのうちに感じ方・考え方がいろいろと変化してくると思います。

とにかく、親は子供には口うるさく言うもののようです。
(口うるさく言えるのは親だからとも言えます。パパも口うるさく言うかも)

最近の出来事です。

バァバが口うるさくパパに言いました。
「●●した方が良い」 「●●しなさい」 「なんで●●しないのか」・・・

そこでパパは少し腹が立ったのでこう言い返しました。

「うるさいなぁ~そんな頭で思ってるように行動できたら、誰も離婚せーへん」

(ジィジとバァバが別に暮らしているのは知ってるでしょ。離婚したからです)

こう言われたバァバの語気は急に弱まって、
「それは言わんといてぇ~や」と寂しげにつぶやきました。

その言葉を聴いて、パパもとっさに少し言い過ぎたと反省しました。
と同時に、いろんな事が頭を浮かんできました。

「離婚した事を悔やんでいるのか?」
(夫婦が離れることは悔やんでいないと思う)
「結婚した事を悔やんでいるのか?」
(これは悔やんでいるかもしれない。しかし結婚してなければ子供も孫もいなかったぞ)

「孫(ゆづ)と一緒に暮らせないことを寂しがっているんじゃないか?」
(これはさみしいかもしれないな)

「年齢を重ねたときに一人暮らしというのが不安なのか?」
(不安かもしれんなぁ)

「もっと母親が若いときだったら、こんなに寂しげな言葉を言っただろうか?」
(わからん???)

などなど・・・

いろいろと頭の中を思いが駆け巡り、
自分の親にという感じでなく、「この人に寂しい思いをさせてはいけないなぁ~」
と感じました

ふと心をのぞかせた言葉に、こちらの心も開いたような気がしました。

こういう事を言い合う親子関係は特殊なのかもしれないと思うけど、パパにとってはこれしか親子関係がないのでよくわかりません。
ただ、ママに「親のことをそんなふうに言うのはどうかな?」と言われたことがあるので多分特殊なのでしょう。
ママとママの親子関係も観察してみて下さい。

「大人は子供に対してえらそうなことばかり言うけど、もっと自分の失敗を語るべきだ。そのほうが子供の役にも立つ」というような事を聞いたことがあります。

失敗を失敗として、寂しさを寂しさとして、受けとめたり、見つめたり出来ることはとても大事です。

ゆづが大きくなって、彼氏が出来たり、人間関係に悩んだときは、バァバにどう思うかきいてみたら、経験を通した良いアドバイスがもらえるかもしれませんよ。

2008年10月 6日 (月)

歯は命

夏も終わりのことですが久しぶりに歯医者に行きました。

虫歯にかぶせていたものがものが取れてしまったからです。

そこで先に数十年生きている者として伝えておきます。

「虫歯には出来るだけならないように歯みがきをおこたるな!」
です

「虫歯にならないように歯を磨こう」と言う事は、パパも小さいときからよく聞いたフレーズですが、これは本当に言えてます。
虫歯になって良い事なんかひとつもありません。

痛いし、治療は恐ろしいし、恐ろしいといって治療を逃げているとどんどん取り返しの付かないことになるし・・・・

日本人に一番多い病気は虫歯と聞いたことがありますが真偽のほどは調べていません。

虫歯経験者として、注意点

奥歯が虫歯になりやすいので、奥をしっかり磨く、こと
一番奥と置くから二番目くらいが一番最初に虫歯になりました。

食後には毎回歯みがきをした方がいいけど、出来ないときはせめて、くちゅくちゅウガイをすること。(習慣づけるとよい)

もし少しでも「歯が痛い」となればすぐに歯医者に行くこと。
そのうちに痛みがなくなってくるけど、それは取り返しの付かない状態へ進行したと思っておくこと。放っておくとどんどんひどくなる

おいしいもの(ケーキなど)は虫歯菌たちにとってもおいしいものなのです

今は2歳でパパの言う事をよく聞いて歯みがきの時には上手にア~と口を開けてくれるゆづちゃんへ、大きくなって一人で歯を磨くようになったら忘れてはいけませんよ